大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(う)93号 判決

被告人 冨澤保

〔抄 録〕

控訴趣意第四点は、原判示強盗致傷の事実につき、事実誤認および法令適用の誤りを主張し、被告人は右犯行当時心神耗弱の状態にあったにもかかわらず、原判決がその旨の認定をせず、刑の減軽規定を適用しなかったのは、事実を誤認し、ひいて法令の適用を誤ったものであるというのである。

よって、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、原判決挙示の各証拠のほか、当審鑑定人医師保崎秀夫作成の鑑定書および同医師の当審証人としての供述を総合すると、

(一)、心理検査の結果によれば、被告人は、知能指数六四の精神薄弱者で、情緒不安定が目立つこと、

(二)、被告人は、犯行前日午後七時ころから約二時間の間に、自宅および近くのスナックで、ビール三本ないし五本、ウイスキー(オンザロック)四杯ないし八杯を飲み、強く酩酊したが、その酩酊状態は、本件強盗致傷の犯行のころにもまだ残っていたこと、

(三)、同日午後一〇時ころ、被告人は、自宅で、母親から、一万円も飲食に費す余裕があるなら、家計へ入れるよう文句をいわれ、また、電話器のダイヤルをうまく廻せないとして弟に嘲笑されたと思い、弟を追い廻すなどしたのち、裸足で自宅をとび出したものであって、強く不快感を抱いていたこと、

(四)、被告人は、その後、自転車に乗って、あてもなく走り廻った疲れのため、身体を休めようとして、犯行当日午前零時前後ころ、原判示野口浩一方へ侵入し、台所流し台に背を寄せ、うずくまるような姿勢で、すこしの間居眠をしたこと、

(五)、被告人は、右居眠から目覚めたあと、流し台の棚の上にあった包丁を左手に持って、四畳半の間に至り、隣室で就寝中の野口福子を発見し、同日午前零時三〇分ころ、原判示犯行に至ったこと、

(六)、被告人は、現場で野口浩一に取り押えられたとき、「自分は品川の生れだ。冗談だから、勘弁してくれ。」「子供が泣いているのに、何故ほうっておくのだ。そんな親がいるか。自分はそんな風にされた覚えはない。」などと、やや場違いな発言をしたこと(この発言を、被告人が野口浩一の注意をそらすために発したものと解釈できないわけではないが、被告人の知能程度を考えると、被告人の頭脳の回転がそこまで早かったものとは解し難い。)、

などが認められ、これらのことと、一般に、ねぼけは、深い眠りから突然さまされたり、情動興奮が前にあったときや、不快な体位で寝たときに多く、また、睡眠後約一時間くらいの間に多いといわれていること、大量のアルコール摂取が原因あるいは誘因となって、ねぼけが起ることもあることなどが認められていることと相俟って考察すると、被告人は、本件犯行当時、酩酊後の睡眠から覚醒する際に、覚醒が遷延した、いわゆるねぼけに近い状態にあったものと解せられる。そして、このような状態のもとでは、是非善悪を弁識し、弁識に従って行動する能力がかなりの程度障害されていたものと考えられ、しかも、その能力が通常人に比して減弱している度合が著しいものでなかったという証拠はないから、結局、その能力が通常人に比して著しく減弱していたものと解するほかない。

そうだとすれば、被告人は、本件犯行当時、心神耗弱の状態にあったものと認めなければならないのに、心神耗弱の状態になかったものと認定した原判決は、事実を誤認したものであり、右事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点に関する論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書にのっとり、当裁判所において、さらに自ら次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五三年八月一五日午前零時前後ころ、東京都足立区花畑二丁目一六番、花畑第六都営住宅三号棟一〇二号、野口浩一(当時三三歳)方ベランダの引戸が開け放しになっているのを見て、右ベランダの鉄製フエンスによじ登り、これを乗り越えてベランダに至り、同所の網戸を開いて同人方屋内に立入り、もって故なく他人の住居に侵入した。

被告人は、右野口方に侵入して、すこしの間屋内で眠り、また台所流し台の棚の上にあった文化包丁(東京高裁昭和五四年押第三一号、符号一)を手にして屋内を徘徊するなどした後、右包丁を左手に持ち北側四畳半の間に赴き、隣室の六畳間で就寝中の前記浩一の妻福子(当時一九年)の寝姿を見つめていたが、その頃同女らを所携の文化包丁で脅して金員を強取しようと決意し、同日午前零時三〇分頃、たまたま目を覚ました同女に対し、「騒ぐと殺すぞ。」「静かにしろ。」と申し向け、さらに右六畳間に入り込んだうえ、同女の悲鳴を聞いて目を覚ました浩一に対しても、前記文化包丁の刃先を向けながら「騒ぐと殺すぞ。」「五万円出せ。」と申し向け、両名の反抗を抑圧して金員を強取しようとしたが、浩一に飛びかかられて、もみあいとなったあげく、その場に取り押えられたため、その目的を遂げなかったものの、その際、同人に対し全治まで約八日間を要する右第三指及び第四指切創の傷害を負わせたものであるが、被告人は、右犯行当時、酩酊後の睡眠から覚醒する際に覚醒が遷延した、いわゆるねぼけに近い状態にあり、心神耗弱の状態にあったものである。

(綿引 藤野 三好)

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